所長インタビュー

所長インタビュー (開催日:2016年6月9日)

PT:
(1)ご自身の経歴を教えて下さい。
(2)岡山パブリック設立と初代所長就任の経緯を教えて下さい。
(3)当事務所設立の当初の目的とその後10年間の変遷を教えて下さい。
(4)今年の4月1日に所長に再任したのはどうしてですか?
(5)任期中にこれだけは遂行したいということは,なんですか?
(6)当事務所に求められる人材について,どのように考えていますか?
(7)「弁護士」って,なんですか?

<1 ご自身の経歴を教えて下さい。>

PT:さっそくですが,経歴を教えてください。

◆所長
経歴はですね,昭和21年6月11日生まれ。明後日で70歳になります。

PT:おめでとうございます。

◆所長
岡山県の玉野市で生まれて,地元の小中高校を卒業した後,中央大学の法学部政治学科に進学をしました。昭和44年3月に卒業して昭和46年に司法試験に合格をしました。で,47年から49年まで司法研修所で司法修習生を経た後,49年の4月から6年間,東京弁護士会に入会をして,いわゆるイソ弁をしました。昭和55年にふるさとの岡山に帰って岡山弁護士会に入会をして,昭和55年から岡山弁護士会にいます。
平成15年に岡山弁護士会の会長をして,平成16年に岡山パブリック法律事務所を設立しました。当初は井上先生と榎本先生と私の,この3人で設立をして,榎本先生の所にイソ弁の飛山先生も含めて4人でこの事務所をスタートし,今日で足かけ12年となります。平成23年ですけども東日本大震災が起きた当日である3月11日に,日本弁護士連合会の副会長に就任して,1年間東京で副会長職を務めました。だいたい以上が履歴書的な経歴になろうかと思います。

PT:今,肩書としてしていることっていうのは何がありますか。

◆所長
肩書的に弁護士会の役職には就いていません。去年1年間,常議員会議長をやっただけで,肩書的には弁護士法人岡山パブリック法律事務所の所長。併せて,日本弁護士連合会綱紀委員会委員ということになります。

PT:法テラスの仕事はもう終わっているんですかね。

◆所長
法テラスの仕事は今はしてないです。

<2 岡山パブリック設立と初代所長就任の経緯を教えて下さい。>

PT:分かりました。じゃあ次,岡山パブリックの設立と所長就任の経緯を教えてください。

◆所長
平成16年にパブリック法律事務所を設立したというのは,時代の大きな流れを無視することはできません。なぜかっていうと平成16年に総合法律支援法という法律ができまして,司法制度改革が強力に進められました。司法制度改革というのは,ご存じの通り裁判員裁判を導入する,それから法テラスという新しい組織が作られる,その他行政法関連,労働法関連で大きな法改正がなされました,ということでですね。そういう司法制度改革の流れの中で,過疎地対策というのが私たち日弁連にとって大きな課題になっていました。つまり,ひまわり基金法律事務所,全国に200カ所以上のゼロワン地域つまり弁護士がゼロかいても一人しかいない地域がありましたので,これをなんとか解消したいと。なぜそうなるかというと,弁護士法72条の問題があります。72条というのは弁護士に法律事務を独占させているんですね。弁護士以外が法律事務を扱うと刑事罰で処罰するという強力な法律です。ところが,その法律の適用が北から南まで全国一律に公平に施行されるんですけども,その法律を扱うことのできる職人つまり弁護士がいない地域では,法律が施行されてもその法律を利用して権利救済につなげることができないという欠陥があります。つまり,弁護士が業務を独占してるのに誰も弁護士がいない地域になると司法サービスが受けられないという大きな問題がありましたので,過疎地を解消するということはわれわれにとっては悲願。しかし,その過疎地に送り出すために個人の事務所あるいは個人の弁護士のボランティアでやるということは現実的に困難なので,都市型公設法律事務所を作ってそこで過疎地派遣を任務として,大きな事務所の課題として担うということで都市型公設法律事務所ができまして,今では全国14カ所に及んでいます。
この10年間でほぼゼロワン地域が解消されて,パブリックを含む都市型公設事務所の役割は大きな成果を出せたんじゃないんかというふうに思っています。これがパブリック法律事務所ができた大きな課題の一つだったんですね。
もう一つは弁護士から裁判官に任官させる。
もう一つは法曹養成,司法改革の中で生まれた法科大学院に教員を送ったり,学生の教育に協力するという重要な役割がありました。
最後にそういう不採算事件を扱うことのできるそういう法律事務所として,この岡山パブリック法律事務所ができた。
これが設立の経緯になります。

PT:この事務所は都市型公設事務所では3番目でしたか。

◆所長
大阪パブリック法律事務所が1番目。2番目が東京パブリック法律事務所。で,それに続いて3番目として岡山ができたと。
編集注)平成16年7・8月前後に,複数の都市型公設法律事務所が設立されていますが,今回編集においての調査では,「パブリック法律事務所の名前では4番目。都市型公設法律事務所としては,7番目」というのが正確であるという認識です。

PT:地方都市としては初めてだったということですね。

◆所長
初めて,そうですね。

PT:岡山弁護士会の会長をされたのが平成15年で,その翌年に所長に就任されてるという流れだと思うのですが,その辺はどういう経緯だったんですか。

◆所長
これはですね,平成15年は司法改革が大きく動き出した年でして,岡山弁護士会も二つの大きな課題を抱えたんですね。一つは岡山大学法科大学院を作るのに全面的に協力すると。もう一つは過疎地派遣に協力をすると。そういうことからそのパブリック法律事務所が設立をされたということで。
私が会長として法科大学院の協力体制を作る,公設法律事務所を作るというのは当時の弁護士会長として大きな課題,任務だったんですけども。その翌年,いよいよそれを現実化しようという時に旗振り役としては実際旗を振った以上誰かやらなくちゃいけないということで,私がたまたまそういう役回りになったということになろうかなあと。

PT:そうすると会長をする以前に,都市型公設事務所に入るとか所長をするとか,そういったことはあまり考えていなかったっていうことですかね。

◆所長
そうですね。現実的な問題としては,それまで個人事務所でやってたので個人事務所を畳んでその公設法律事務所を作ろうということは,それまでは現実的な課題ではなかった,問題ではなかったんですね。だからたまたま15年に会長をやって有言実行ということになろうかと。

PT:それから12年が経とうとしていて,ずっと岡山パブリックで勤務をしているという。

◆所長
そうですね。

PT:他にずっと勤務しているのは事務員の事務局長と,あともう一人Yさんだけですかね。三人だけ。

◆所長
Yさん。そうそう。

<3 当事務所設立の当初の目的とその後10年間の変遷を教えて下さい。>

PT:それで足かけ12年の中で,この事務所が果たしてきた役割というか,それがどう変わってきたのかっていうのを教えてもらいたいです。

◆所長
果たしてきた役割については,かなり相当私は任務を果たしたんじゃないかというふうに自負をしています。法科大学院も設立され,榎本先生を専任教員として送り出して。さらには,弁護士任官にも送り出したということで,この目的はほぼ達成できたと。
それから過疎地派遣についてもですね,北は北海道から南は九州まで。思いつくままにいって,北海道は名寄,根室それから東北は青森,福島には今鎌田先生行ってますし,茨城県の水戸には吉田先生が行ってますし,埼玉には法テラスに行ってます。それから神奈川の三浦半島にも行ってますし,それからずっと下がりますけども島根の法テラスも行ったし,四国の安芸,須崎にも派遣できたし,九州の指宿,鹿児島にも派遣できた。延べおそらく二十数名になろうかと思いますけども,この十年間で相当程度,過疎地派遣が実現できたのではないのかなあと。
そういう意味で当初掲げていた,過疎地派遣,弁護士任官,法曹養成というのはかなり成果を上げてきました。
また肝心の肝心の不採算案件の取り組みについても,公益的事件の取り組みもかなりの程度実践できたのかなあと。とりわけ,4~5年前に始めた後見センターは,高齢者,障害者をめぐる相談・受任,それから成年後見就任件数,およそ600件になろうとしていまして,全国的にも取扱件数がトップレベルであることは間違いないので,これも相当程度全国に自慢できるような実績残したんじゃないかなっていうふうに自己評価をしているところです。

PT:県内においても津山と玉野に支所を出して,刑事事件の対応も含めた弁護士活動を行ってきたということですね。

◆所長
そうですね。

PT:この十年の間で弁護士が置かれた環境というのはかなり変化があったと思うのですが,それについてはどのような対応をしてきたでしょうか。

◆所長
弁護士を取り巻く環境の大きな変化というのは確かに大きな変化があって,やっぱり一番大きなのは弁護士人口が急増して2倍になったということがまず挙げられるんでしょうけども,確かにその弁護士の数が増えて仕事量が減ったとかですね,大変だというふうなことをよくいうんですけど,私はもう一つ別の見方をしてて,業界だけの身内でその大変だとかいうのはおかしくて,利用者の,実際の市民の側からすると弁護士の数が増えるということはそれだけアクセスができやすくなったと言えるので。市民の視点,利用者の視点からすると弁護士が増えて困ったなんていうのはちょっとその内輪の話で,あまり世間では通用しにくいそういう問題じゃないのかなあというふうに思っておるんですね。で,一番大きな変化は確かにそういう弁護士人口急増っていう問題があるんですけども,他方では弁護士の業務がですねいろいろ新しく拡大しつつある。例えば企業内弁護士だとか,任期付公務員だとかあるいは法テラスのスタッフ弁護士だとか,まあそういうふうにいろんな意味で弁護士の業務のありかた自体が非常に多様化していく中で,新しいチャレンジの状況,時代の中に来てるんだということをもっともっと考えた方がいいかなぁというふうに思ってます。弁護士を取り巻く環境は大きく変わったけども,チャンスも生まれてるんだというのが今の感想ですかね。

PT:今,その都市型公設事務所という存在がこの10年以上やってきてどういった存在としてあるべきなのか,その辺はどういうふうに考えていらっしゃいますか。

◆所長
都市型公設法律事務所の設立の理念,12年前の理念は必ずしもそれが金科玉条のように守っていけばいいと,ただそれを守っていけばいいという時代が大きく変わってきているということは,やっぱり考えるべきだと思いますね。
つまりゼロワンの解消だとか,その法科大学院への法曹養成への協力とか言ってもですね,ゼロワン解消してきたり法科大学院の入学者の学生が減ってきてる中で,また新しい理念それを見つけて出して,もっとそこを充実させていかなくちゃいけないんじゃないか。具体的には,不採算案件の取り組みといっても,あるいは司法アクセス障害の克服といっても,新しい事業分野,例えば成年後見などを中心にした分野というのはもっともっと大きく取り組んでいくべきではないのかなぁというふうに,現在,思ってるわけです。

PT:時代の変遷と共に求められている役割も変わってくるし,むしろ都市型公設事務所としての取り扱う業務も変わってきていると。で,それは積極的に変えていくべきだと。

◆所長
そうチャンスに来てるというふうに思いますね。ピンチはチャンスだと。

<4 今年の4月1日に所長に再任したのはどうしてですか?>

PT:少し話を現在に持ってきて,この4月1日から所長に再任したっていうのはどういった経緯があったでしょうか。

◆所長
このね,あの非常に難しい(笑)所長の後継者問題っていうのが非常に難しいっていうことがよく分かりました(笑)私たちの反省でもあるんだけども,パブリックっていうのは鳥の巣法律事務所だと言われてきたんです。こっから卒業していって,外で修行してまたここに帰ってくればいいというふうな設立理念だったんですね。つまり人が毎年毎年入れ替わっていく。そうすると所長弁護士とか中堅弁護士がいないまま若手の弁護士がしょっちゅう毎年入れ替わるという時に,所長弁護士と中堅弁護士の確保の問題というのは,非常に重要な問題だったんですけども,それが組織的,系統的に重点施策として取り組まれてこなかった。だから最初私6年やって,榎本先生が1年やって,井上先生が4年やったことになるんですけども。じゃあ外から新しい所長迎えてやろうかなぁというふうに計画をしてもですね,なかなか内部に抱えてる問題をきちっと理解して取り組んでいくという時に,外から来られた人がどこまで実際にできるのかっていうのは想像以上に難しい問題があって,なかなか所長候補が確保できなくなってもう一回復活というか出戻りというか(笑),まあやることになりました。ただ私も任期2年なので,平成30年の3月には任期が終了するので,平成30年4月から新しい所長をどうやって引き継いでいくかっていうのは,そういう人事の非常に重要な問題でして,今頭を悩ませているところであります。

PT:そうですね。

◆所長
もっと本音を言うと固有名詞出したりして言ってるとこれホームページにアップされるとちょっとやばいんであえて言わないけども(笑)

PT:まあ適当に切りますので(笑)

◆所長
またそんなこと言って(笑)

PT:たとえば,東京パブリックのように,ある程度任期をはっきりさせて,弁護士会も関与して,所長をどんどん切り替えていくというスタイルの都市型公設法律事務所もあると思いますが,なかなか岡山でそういうスタイルを求めるのは難しいということですかね。

◆所長
そうなんですね。やっぱり会員数の分母が違いすぎる。

PT:では,逆に岡山だからこういうことができるというのは何かありますか。

◆所長
岡山だからできるという。都市型公設法律事務所っていうのは,三つのパターンがあるんですね,三つのモデルがあって。一つは東京パブリックや岡山パブリックのように総合デパート型,過疎地派遣もやるし任官,弁護士任官もやるし,法曹養成もやるという総合デパート型。それから大阪パブリックや北千住パブリックのようにどちらかというと刑事裁判対応を軸にしてやるタイプ。それからもう一つは北海道だとか東北とか九州のようにブロックの弁護士会が連合して地域の過疎地派遣を担うと。そういうブロック型と総合デパート型とそれから刑事裁判対応という専門に特化した公設事務所,三つのモデルがあるんだけども岡山だからできるというと岡山という地域性だからできるというよりは岡山という地方都市でその総合デパート型でやると,結構ある意味で小回りが利きやすい。大都市のように,つまりさっきも言ったけど,後見センターを作る時に,パブリックというその中で今の経験を新しい業務の柱にしていくというのは割とやりやすかったんかなぁというふうな気がしますね。

<5 任期中にこれだけは遂行したいということは,なんですか?>

PT:次,行きます。平成30年3月までの任期中でこれはやってみたいと取り組んでみたいということは。

◆所長
パブリック,私の考えというよりも年に一回二回総括会議というのやって,みんなの意見をまとめながらやってるんだけれども,12年経って,もう少しパブリックがやろうとしていることを外に見える形で組織再編をした方がいいんじゃないんかと。これを一つ,是非任期中にやりたい。で,具体的には後見センター作ってパブリック後見業務でこういうことをやって,こういう実績を残して信頼を勝ち得てブランド化してきてるんだけど,それ以外にも,もう二つ三つ柱を,その柱をというのは例えば交通事故センターだとかあるいは中小企業センターだとかあるいは超高齢化社会の中で終活,まあようするに終わりの活動です,終活安心センターみたいなのを作っていくとか,そういうアイデアが出ているんですね。で,そういうアイデアを形にする作業をすること,つまりパブリックは後見センター,中小企業センター,交通事故センター,終活安心センターそういうものでできているんですよということを外に見えるように形作っていきたいなぁと。そのためにはマンパワーもいるし,何よりもかによりも専門性というかスキルが非常に必要になるのでそれを人材育成をぜひやっていきたいなあと,これはまあ一つですね。
もう一つはこれかなり言いにくいことだけども,パブリックの自慢できるところいうのはやっぱ後見センターでして,これはある程度県内でブランドになって津山でも玉野でもどういう取り組みをしているかいうのは,非常にブランドになっているんです。ノウハウをかなり蓄積してきてるし,パブリックの後見サービスの品質というのはかなり評価されている。それは弁護士だけじゃない,事務局や社会福祉士のそういう総合力でやってきているので,このノウハウというんか実績は岡山だけにとどめておくブランドじゃなくって,もっともっとですね全国発信ができるんじゃないんかと。で,現にパブリックの後見はどんなものと,東京からも視察に来られるし海外からも視察に来られるし,またそのコンサルティング会社が講演をしてくれって依頼も来たりするようにですね,どんどんこのブランド,パブリックの後見サービスの品質というブランドを全国発信していきたいなあと。そのためにどういう方法があるのか。つまり津山,玉野,岡山ここでやってきた県下でやってきた活動をですね,いろんな可能性も広めていくことが,わが国に650万人いるという認知症患者,あるいは少子高齢化の中でパブリックのノウハウを共有してもらうための制度作り,これが2年間は,大きな基礎土台づくりの年かなというふうに思っているんですけどもね。

PT:例えば,事務所の活動をマスコミに取り上げてもらうとか。

◆所長
そうそう。

PT:あるいは書籍を出版するとか,そういったことも含めて取り組んでいきたいという感じですかね。

◆所長
含めてですね。そうですね。

PT:具体的な事件のことになりますけれども,今こういうことに取り組んでいるというのは。

◆所長
今具体的に取り組んで特筆すべきことは,大学教員の視覚障害者に対するパワハラ事件。つまり授業はずしだとか研究室取り上げ事件について,これを新しくできた障害者差別解消法あるいは改正障害者雇用促進法の,この二つの法律は,今年の4月1日に施行されることになりまして,この新しい差別解消の枠組みの中で,障害者差別,障害者に対するパワハラを,新しい司法判断を獲得していくということで,ちょっと意欲を燃やしています。以前,僕は昭和50年から19年間,聴覚障害者の刑事裁判を受ける権利ということで取り組んだことがあるんですけども,それと同じように聴覚視覚だけじゃなしに,いろんな障害者差別の問題について,もう少し司法という枠組みの中できちっと捉え直すことができたらなぁというか,訴えることができたらなぁということで,今取り組みをしています。事務所挙げて協力をお願いしてあるところです。

PT:所長は,指紋押捺の問題とか,そういう憲法的な問題が絡む訴訟事件の経験も豊富だと思うんですが,そういったことは現在もライフワークとしてされてますか。

◆所長
ぜひやりたいなぁと思うんですけども,なかなかねえいいケースに巡り会わなくて厳しい。それからなんかタイミングがあるんで,自分の個人的努力でどうにもなるとは思わないんだけども,できたらそういう政策形成につながるような憲法問題というのは何らかの形でぜひ残された数年間でやっていきたいなぁと思ってます。

<6 当事務所に求められる人材について,どのように考えていますか?>

PT:また話が変わって,この事務所に先ほどマンパワーが足りないという話もありましたけれども,どういった人材が今求められているというふうに考えますか。弁護士に限らず,社会福祉士だとか事務局とか。

◆所長
ここに集まってる弁護士,事務職員にしろ,社会福祉の一定の志を持って集まってる人が多いんで,非常に素晴らしいと思いますね。「組織は人が9割」だと,僕は思うので,このマンパワーというのは澄んで志が高いというんで,非常に恵まれてると思ってるんです。ただね,それをうまくみんなの力を出し合って共有してさらにスキルアップしていくんが,若干不足してるんかなぁと思ってですね。だからみんな考えてることをもっともっと共有できるようにすればもっと素晴らしいものができると。例えば津山のPT弁護士が行政に非常に詳しいし関心もあるし,それからいろんな得意分野があるんだけどもそういう何ていうんかなみんな切磋琢磨して共有していけるようなそういうシステム作りってのは,先日の総括会議でも,ある程度議論できたので,それはうまくいけば最高のレベルに達するのではないかなと。また,社会福祉士も職員も非常に,他の事務所のことを僕はあまり詳しくは知りませんけども,非常に意欲が高いと思いますね。後見業務一つにしても単純な法律事務じゃなくて,もう少し高齢者,障害者,当事者と関わるような形で自分のスキルをアップしていけるそういう場になっているので,もっともっとそれは自立させていけたらなぁと思ってます。

PT:では,若い人,弁護士を目指している学生とか司法修習生に対して,何かメッセージがあれば。

◆所長
法曹を志す若い学生ということになると,僕も岡大で講義をしたりですね,法科大学院で話をしたりする機会があるんだけども。弁護士の仕事っていうのは,基本的には人と関わる仕事で,自分の持っている法律という道具を使って人を助けると。割と職人的な仕事なんですよね。だけどその職人的な仕事だけど,必ず結論が出てくるので,普通の仕事と違うのはそこがかなり違うとこかなあと。つまり,私たちの専門性を生かして少しでも解決をしたり救済をしたり変えていくことにつながるので,そういう意味での面白さというか。法科大学院離れとか弁護士離れとか言われてるけども,ぜひぜひそういう関心を持っている人はぜひチャレンジしてほしいなあというふうに思っております。

<7 「弁護士」って,なんですか?>

PT:はい。じゃああと二つ。

◆所長
あんまり面白みはないな(笑)

PT:そんなことないと思いますけどね。あと二つ。

◆所長
まだ二つもあんの。

PT:あと,先生が考える弁護士という職業は・・・・・・。

◆所長
あと最後はなんだったっけ。「弁護士ってなあに」っていう。

PT:それが最後だったんですけどもう一つ増やして考えてて。「弁護士とは何ですかと聞かれたら。」

◆所長
で,最後の質問は何なの。

PT:最後は「ご自身が任期が終わった後,個人的にしたいこと。」

◆所長
弁護士って何かって聞かれると難しい質問だけど,42年やってきてある意味でよくやったなあっていう気はするんだけども,何ていうんかな,弁護士って何かって言われるとよくうまく答えられないんだけども,結局なんだかんだいっても信頼されてるのが弁護士なんだよね,いろんな時代の中でも。で,そういう仕事ってあんまりないんだよ。だから聖職て言われてるね,三大聖職の一つ。三大聖職のお医者さんと弁護士と最後牧師なんだよね,ヨーロッパでは。牧師っていうのは悩める人を救って,医者は肉体を治して,弁護士はトラブルをなくしている。聖職だって言われてますが,つまり金もうけだけではない,そういう人からリスペクトされる信頼される仕事,これは三大聖職といわれて,単なるビジネスではなくて金もうけではなくて,聖職といわれる仕事が弁護士だと。実際そうなんだろうなあと。だけどその仕事っていうのは,なかなか長い間続けてやるのはそう簡単じゃなくて,いろんなトラブル扱うもんだから,いろんなトラブルの中に巻き込まれるんだけども。まあなんていうか自分の理想,目標を明確に掲げることがもしできるのならば,あるいは掲げようとするんであれば,聖職というか専門性を生かした仕事というのはかなりできるものがあるんじゃないかなぁ。つまり,私たちが目標とするのは,若い人に聞くと最高裁の判例に載るような仕事をしたいとか,例えばですよ。それから大金持ちになって別荘を持つとかね,ハワイに別荘を持つとかね。あるいはたくさんの無罪をとって後世に名を残すとか。あるいはそういう派手なことじゃなくても小さな事件をコツコツやってお医者さんの赤ひげのように庶民の立場に立って働くとか。まあいろんな目標があると思うんだけどもそういう目標を自分で一つ見つければ,そういう人から信頼されるような仕事っていうのはかなりできるところがあるのかなぁと。
ただ信頼を得るのがなかなか難しくて,依頼者からあるいは市民から信頼得るというのはどうしたら信頼得られるのかいな。何ももって生まれた生活やキャラで信頼もアプリオリもはなから信頼されるってことはなくて,日頃の努力が信頼の中で必要じゃないですか。で,どうやって信頼できるのか,細かいことで言えば真面目に報告をするとか真面目に連絡をするとか真面目に相談をするとか,一つ一つの仕事の中でほうれんそうをきちんとやるとかですね。あるいはそういう日々の積み重ねの努力がないと,いきなり信頼っていう難しいわけですけども。なんかそういう大きな自分の目標を掲げて信頼を勝ち取っていくためにどうするか。しょせん仕事を通じてしか信頼は勝ち取れないんで,そういうこと,できるだけ自分で思うだけじゃなしに相手周りに伝えていくかっていうことが,大事かなと,それも仕事を通してだけど。だから,PT弁護士のように行政の生活保護の受給処分取り消しをやるんだったら勝っても負けてもそういうものに熱心に取り組んでる姿がいろんな関係者に分かるわけで。まあそういうなんていうか長い弁護士生活の中で信頼を勝ち取るっていうのは目標を持って一つ一つ地道に努力していくしか他に方法はないんかなぁと,というのが今の感じ。

PT:じゃあもう時間もかなり経ってきているので。

◆所長
やっと解放されるかな(笑)

PT:最後,先生ご自身がこれからどんなふうに過ごしたいか。

◆所長
僕はもういろいろ悩んでまだ決まってないよね。今もう,明後日で70なんだよな。で,あと何年生きれるかな,男子の平均寿命からしたらあと9年じゃないですか。あとまあ10年ぐらいかなと。もう僕70なったらスパっと辞めようと思ってたんだけども,近くで畑をしながらなんかこうのんびり過ごそうかな思ったけど,そうはいってもそんな才能もないし。まあ,もう少し頑張って,最近はラジカルに死ぬまでやろうかなと。ただ法廷で倒れると皆さんに迷惑をかけるんで,できたら法廷で倒れずにこの事務所の中で倒れても迷惑かけるんで,まああまり目立たないところで終わりにしたらいいかなと(笑)本当は,旅行には行きたいんだけど。本当の本当の夢はクルーズに乗って世界一周をしたかったんだけども,その飛鳥Ⅱに乗って。それもちょっと難しいな。バックパッカーじゃないけども,バックパッカーで世界一周の航空券を買って,それで世界一周放浪してみたいかなというのが夢のまた夢。そのことと死ぬまでやることと矛盾するんで,いつもこう揺れ動いている。「行きつ戻りつ70歳」というのが今で。

PT:まあでも70歳でスパっと仕事を辞めるということはできなかったんですね。

◆所長
ちょっと技術的にはなかなか難しかったなあ(笑)

PT:やっぱ仕事が好きなんですかね(笑)

◆所長
いやそういうこと,PTさんが所長やってくれるんだったらいつでももう,いつでもバトンタッチ。

PT:いやです(笑)でも,所長辞めてもまだ仕事続けてたら一緒ですよね。

◆所長
いや,どうしようかな思ってねえ俺(笑)相談だけやっても他はしないとか。あるじゃない,総合受付センターみたいなところに座って,電話で相談だけしてそれでそれを割り振るとかな,そのくらいならまあできるかなと。

PT:それ結局仕事してると思いますけどね(笑)

◆所長
ああそうか(笑)だけど,本当の本当の夢はトラブルのない国に行って,心静かに生きていきたいっていうのが本当の夢なんだけど。

PT:はい。弁護士という仕事とは矛盾する生き方ですね(笑)

◆所長
もうトラブルの中で生きるのはもう嫌だっていう気持ちもあるんだけど。だから生まれ変わったらトラブルのない世界で心静かに過ごしたいと。もうそして創造的なアートな仕事もしてみたいと。

PT:おおっ。アート。

◆所長
ものを作る。

PT:ものを作る。

◆所長
絵を描くとか,音楽を作るとか,畑で作物を作るとか。

PT:まあそうですね。いろいろと考えは尽きないですね。

◆所長
あんまりきれいごと過ぎて面白くなかったな,今日のインタビュー(笑)

PT:今日は。別に第二弾やればいいじゃないですか(笑)

◆所長
あいつはどうだとか,こいつはどうなんだとか(笑)

PT:それホームページには書けないですよ。じゃあすいません,どうもありがとうございます。

◆所長
あれははよ辞めた方がいいとか(笑)

PT:それも,ホームページ無理ですよ。だいたい記録すること自体危ないですよ。じゃあ今日はどうもありがとうございました。お疲れさまでした。

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