感服させられた本

最近に読んだ「交響曲入門」(著者:田村和紀夫、講談社選書メチエ)という本には、すっかり感服させられました。「印象や感情」によってではなく「構造やレトリック」から交響曲を解説するというスタンスの本で、「入門」というタイトルではあるものの、代表的な交響曲について、素晴らしく明晰かつ内容豊かな分析がなされており、おかげで、頭の中で再現できるくらい聴き込んできた、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナー、マーラーらの交響曲を、とても新鮮な思いで聴き直すことができるようになりました。人生を楽しみを増やしてくれた著者に、感謝を捧げたい気持ちです。
この本の記載の具体例として、チャイコフスキーの「悲愴」交響曲の第四楽章についての解説を、挙げさせていただきます。この楽章については、「印象や感情」に基づく解説本の代表格である「クラシック音楽鑑賞事典」(著者:神保瓊一郎、講談社学術文庫。なお、この本は、角川文庫から「名曲をたずねて」という題名で出版されていた当時、中学生だった私が愛読して、大いに感銘を受けていた本でもあります)では、「第四楽章:絶望と空虚な諦めは、ここで最後の喘ぎをする。死は切々として迫り、終焉はまさに告げられようとしている。厳粛な和声は金管楽器の中から告げられ、曠野を吹く木枯らしのごとく蕭々として寂しい。」という、とても文学的な解説がなされています(私自身、この手の解説も、それはそれで好きです)が、「交響曲入門」では、「・・・楽章が進むにつれて音楽は加速する。その頂点で第四楽章の『悲しみのアダージョ』が鳴り響く。フィナーレに遅い楽章を置くとは、前代未聞といわなければならない。この楽章の中でもテンポは徐々に速くなるように意図されており、最終的にコーダに行き着く。そこでは不吉なドラが打ち鳴らされ、荘重なコラールが続く。それからアンダンテ・ジュスト(正確に歩く速さで)の歩みで、静寂の中に消えていくのである。チャイコフスキーはこの曲を『人生』と呼んでいたというが、曲の終結はまさに人生の終わり、『死』を表している。」という、分析的・客観的で、なおかつ楽曲の本質を見事に捉えた解説が、なされています。
法律家たる者、「交響曲入門」のように、明晰・客観的な事案分析を示しつつ、当事者の思いを十分に伝える書面を、書きたいものです。そのためには、楽曲ならぬ事案を十分に検討して、その本質を見極めることが不可欠であるのは、言うまでもありません。

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